パラのギャグ漫画 第2話

Cherry blossom trees

2.大学を目指す

(1)大学との出会い

ある日、私がたまプラーザを歩いていると、何やら賑やかな音が聴こえてきた。
その音は、大学のキャンパスから聴こえてきたものであった。
そこは国学院大学の、たまプラーザキャンパスというところで、現在の国学院では文系学部の学生は4年間渋谷キャンパスにかよっているのだが、当時は文系であっても1~2年時には、たまプラーザキャンパスにかよっていた。
私が大学のキャンパスを門の外からのぞき込んでみると、たくさんのサークルが新入生を歓迎するための催しを行っていた。
楽器を演奏したり、大きな声で新入生の勧誘を行ったり、ビラを配ったりしていた。
私は季節など意識せずに毎日を過ごしていたので、

「そうか。今は入学シーズンだったのだな」

と初めて気が付いた。
そのキャンパスの周りには、たくさんの桜の木があった。
風がそよぎ、4月のさわやかな青空のもと、桜吹雪が舞い散っていた。
それは美しい光景だった。
賑やかな音、そして希望に満ちた新入生たちの姿。
私はうらやましかった。
そして、悔しかった。
目の前の彼らには、こんなにも素晴らしい青春がある。
しかし、私には明るい青春など何もなかった。
強烈な無念が私を襲った。
その美しい、素晴らしい光景は、私の心に深く焼きついた。



それ以来、私は書店に立ち寄ると参考書の前をウロウロするようになり、ある日ついに参考書を買ってしまった。
そして自宅で、一人で勉強を始めた。
しかし、私は高校には入ったこともなく、中学さえほとんどかよっていなかった。
しかもそれから年月がたちすぎていたため、私の勉強の実力は、be動詞とは何なのか、ということさえわからないというあり様であった。
この時点では、まだ具体的にどこかの大学に入ろう、などとは考えていなかったのだが、自分を抑えきれなくなって勉強を始めたという感じであった。
しかし、当面の目標は必要だと思った。
そこで、まずは高卒認定試験の合格を目指すことにした。
数か月後、どうにか合格できるめどがたったので受験を申請した。



(2)高校卒業程度認定試験

私は一橋大学で高卒認定試験を受けることになった。
ところで、この高卒認定試験の受験は、なかなか面白い体験となった。
試験当日、国立駅から並木通りを歩いて大学にたどりつくと、受験生が大勢校門から入っていく。
ところが、その受験生が普通の大学入試などとはちょっと違っているのだ。
まず目についたのは、あからさまにホストだとわかる軍団であった。
ホストキャラを演じるお笑いタレントのような白いスーツを着て、金色のハリネズミのようなヘアスタイルをした男たちなのだが、私は

「何もわざわざ仕事着で受験に来ることはなのに……」

と、とてもユーモラスに感じた。
次に目についたのは、茶髪で、派手なダボダボの半袖シャツと短パンを着た、あからさまに不良といった風貌の少年であった。
この少年が校門から入っていく様子を、私は背後から見ていた。
入り口では、様々な受験の専門学校が、受験生にビラを配っていた。
するとこの少年、ビラをわたそうとした人に丁寧に会釈をして断っている。
私は自分以外で、こんな丁寧な人は初めて見たので、その風貌と行動とのギャップに驚いた。
意外と悪い奴ではないのかもしれない。
さらにその後、暴走族の大集団が大学内に入ってきた。
悪ぶった歩きかたで周囲を威嚇している。
昼休みに、この暴走族たちが大学の中庭で、いわゆるウンコ座りをして煙草をふかしているのを見た。
リーダー格とおぼしき少年はご丁寧にテーブルの上にのっかり、そこでウンコ座りをして煙草をふかしている。
まるで猿山のボスといった風情だ。
大学の警備員が苦々しそうにその姿を見ている様子が印象的だった。
あんな一橋生はいないだろうから、さぞ異様な光景に見えていたことだろう。
ところがその場所をよく見てみると、実は定められた喫煙スペースなのであった。
それで私は、

「一応ルールは守っているのだな」

と、これまたユーモラスに感じた。
さすがの彼らも、ルールを破って試験を不合格にされては困るのだろう。
ホスト軍団にしても、暴走族にせよ、

「俺たち、このままじゃマズイよな?」

と話し合い、みんなで高卒認定試験を受験しようと決心したのかと想像してみると、私はなんだか憎めない連中のように感じてしまった。
もちろん、そのような不良ばかりが受験に来ているわけでない。
いかにもイジメにあっていそうな、ひ弱い感じの少年少女たちや、どんな仕事をしているのか見当がつかない、陰のあるおじさん、おばさん、
(もしかして、その筋の人かも……などとも想像した)
それにおじいさんや、おばあさんもいる。



そんな多彩な顔ぶれと、私は教室で席を並べて共に試験を受けた。
そこに身を置きながら私は思った。

「このように様々な年齢層、個性を持った生徒たちが集まっている状態こそ、学校の理想的な姿なのではないだろうか?」

この教室が実際の学校のクラスだと仮定して想像してみる。
もしも不良が気の弱い生徒をいじめたらどうなるだろうか?
きっとおじいさん、おばあさんに叱られるだろう。
さすがの不良も恐縮してしまうのではないか。
同じような年齢の生徒ばかりを集めているから、イジメなどという問題が起きているのではないだろうか?
現在の学校というシステムは、効率が良い教育のあり方のように見えるかもしれないが、同じ年齢層だけの社会などというものは、社会としてあまりにも不自然なのではないか?
試験の結果、私は必要な全教科で予想以上に良い点数をもらい、高卒認定試験に合格することができた。
これで大学を受験する資格を手に入れることができたのだ。



(3)大学受験

それから数年間は、仕事が忙しかったこともあり、大学を受けることもなく、勉強もしなかったのだが、仕事が一段落すると、やはり大学を受験したいという気持ちになった。
ただし、国学院を受験することにこだわることはなかった。
なぜなら、私はこれまで受験と全く縁のない人生を送ってきたために、大学について何も知らず、大学はどこも同じようなもので、みんな素晴らしいところなのだろうと考えていたからであった。
入試の偏差値が違うなどということさえも、全然知らなかったのだ。
大学名の違いなどは、箱根駅伝のテレビ中継で聞いたことがあるか、ないか、というくらいのささいな違いとしてしか認識していなかった。
だから、受験する大学の名前に対するこだわりは一切なかった。
しかし、私の家から大学までの距離については、通学するうえで重要な問題なので、自宅から近い大学を選ぼうと考えた。
そう考えると国学院は、1~2年がたまプラーザということで、私の家からは遠く、毎日かようのは難しいと判断した。
そこで私は、自宅から一番近くにある、とある大学のオープンキャンパスに参加してみることにした。



オープンキャンパスでは入試についての説明会が行われる。
私は大勢の受験生やその両親とともに会場の席につき、説明を聞き始めた。
すると説明の第一声が

「みなさんは全員18歳ですが……」

というものだった。
私は少し驚いた。

「大学というところは、もちろん若者も来るところだが、大人も学びに来るところではないのか?」

私は自分が温めてきた大学入学という夢に、思いがけず冷や水を浴びせられたような気分になった。
しかし、その場では、あまり深く考えることはなく、聞き流すことにした。
ところで、説明会では入学願書を自宅に送ってもらうために、配られた用紙に、自分の住所と氏名を書くのだが、その用紙には、なぜか年齢を書く箇所もあった。
私はそれに記入した。
会場から出ると、数名の係員がいて、その用紙を彼らに手渡すのである。
私も用紙を手渡して、会場を去ろうと歩き出した。
何やら気配を感じて、ふと後ろを振り返ると、なぜか係員たちが、私がたった今、手渡した用紙をみんなで見て笑っていた。

「あれ? 私の住所と氏名って、何もおかしいことはないよな。そうか。年齢を見て笑ってるんだ」

と、思った。
もちろん、彼らが昨日見たお笑い番組の話をして笑っていた可能性もある。
しかし、私にはそのように見えなかった。
彼らは、用紙と私のほうを交互にチラチラ見て笑っていたからである。
自宅に戻ったとたん、悔しさがこみ上げてきた。
私は、

「あそこは社会人が学びに来るような大学ではないんだ。どこかに社会人が学びに来ても笑われない大学はないのか? 探してみよう!」

と思った。
それで、初めて様々な大学の違いについて、真剣に調べ始めた。



25歳以上の学士課程への入学者の割合(国際比較)   
※25歳以上の学士課程への入学者の割合(国際比較)    
   
   
   
  
色々と調べた結果、早稲田大学というところには、現在はなくなってしまったが、最近まで第二文学部というところが存在し、そこではたくさんの社会人が学んでいた、ということがわかった。
第二文学部がなくなってしまったことは残念だが、もしかしたら、早稲田大学には、まだ社会人学生を受け入れることができる風土というか、文化のようなものが残っているかもしれない。
自宅からもどうにか、かよえそうな距離だ。
そう思った私は、早稲田大学を受験しようと決意した。
しかし、困ったことは、近所の大学と早稲田大学とでは入試の難しさがまるで違っていたということであった。
高卒認定試験にとおったとはいえ、高校にも予備校にもかよったことがない私にとっては非常に困難な挑戦となった。
私は、今回も書店で参考書だけ買ってきて、自宅において一人で勉強する方法を選び、予備校などにはかよわなかった。
それは、他人に脅かされたり、無理じいされたりすると、やる気がなくなってしまう自分の性格を考えてのことだった。
仕事をせずにすむ時間は全てを勉強に使った。
仕事がある日は、早朝から仕事が始まる前までの時間と、仕事が終わった後、寝るまでの時間を勉強に使った。
仕事がない日曜や祝日、盆や正月は、朝から寝る直前まで勉強し続けた。
何年かかったかは記録をつけていなかったから正確にはわからないのだが、おそらく3年くらいかかったか、私はついに早稲田大学に一般入試で合格することができた。



ところで、なぜ社会人入試で大学に入ろうとしなかったのかと、よく尋ねられるのだが、私は有名芸能人でもスポーツ選手でもないので、社会人入試では大学側が、そんな宣伝にもならない、ただの中卒の男を合格させてくれるわけがないと考えていたからであった。
実際にはそんなことはないらしいと、入学後に人から聞かされたが、私は世の中にそんなうまい話があるわけがないと思っていたので、自分には、一般入試で合格する以外の道はないと考え、社会人入試で受験することは、終始全く考えなかった。



3.大学卒業から現在

(1)再び漫画を描く

大学在学中、ある人に、ここまでに書いた私の人生について語ったことがあった。
その人から、もう一度漫画家を目指すつもりはないのか尋ねられたので、私は

「やってみたい気持ちはある」

と答えた。
すると、その人が私に、

「漫画家を目指していた頃って何年前の話ですか?」

と尋ねた。
私が、20年くらい前ですと答えると、その人は失笑した。



しかし、私は大学卒業年の3月に、本当に週刊少年ジャンプに漫画を投稿した。
すると、賞は選外だったものの、内容が面白いからと電話をもらい、担当がついた。
そして、1年をめどにデビューを目指すことになった。
手前味噌でこっけいだと思われるかもしれないが、漫画家を目指していた時から20年以上も過ぎ、デッサンは今の漫画界では、おそらく一番下手。
絵柄も今風とは遠くかけ離れているのに、ジャンプに投稿すれば一度でちゃんと連絡をもらえる。
自分もよくやるよ、と思った。
しかし、喜びもつかの間だった。
約半年後、電話をくれたその担当が異動でいなくなってしまった。
私は悩んだ。
あと2年、3年と朝から晩まで漫画を描くことに費やし、それでも漫画家になれなかった場合、どういう結果になるのかということを、考えざるを得ない年齢になっていた。
私は、これ以上漫画家になることにこだわっていると、人生そのものが破壊されるだろうな、と感じた。
そして、再び漫画家への道を断念することにした。
電話をもらった時の作品は、
『パラのギャグ漫画』
に収録してある軍隊学校の漫画である。
「漫画は絵じゃない。中身だ」
という信念に基づき、絵は上手に描いていない。
(元々下手だが、それでもなお下手に描いた。絵でごまかすのは、今でも好きではない)



(2)そして現在

現在、これまでに描いた漫画のうち、私の手元に残っていたものを、
『パラのギャグ漫画』
というタイトルで、アマゾン、アップル、楽天、角川を通じて配信している。
あなたが普段利用しているアマゾンや、アップルのiBooksなどで検索していただければ見つかると思う。



すでに書いたように、私の作品は極端に評価が分かれる。
例えば、職員室で大手週刊少年誌の副編集長がほめてくれていたことを知ったという作品も、夏合宿での雑誌社への持ち込みの際に某週刊少年誌の編集長が酷評した作品も、その後で2人の漫画家がほめてくれた作品も、全て、『クルッチョ!彼はたわけている』という同じ1つの作品である。
それほど評価が分かれる作品とは、どのようなものなのか、是非読んでみてほしい。
それから、ボールペンだけで描いた、恐竜のキャラクター(パラ)による漫画も収録されている。
もしかしたら、特に最近の漫画を読み慣れている人は、デッサンを気にせず、ボールペンだけで勢いにのって描かれたあの漫画の見慣れない作風に、カルチャーショックを受け、受け入れがたいものだと感じるかもしれない。
しかしあれが、私が子供の頃から描いてきた漫画の、本来の作風である。
漫画は、デッサンが上手くなければ描けない、デッサンが下手な漫画は読んでもつまらない、などということはない。
漫画は、デッサンが下手な人でも、誰でも描ける。
しかも、プロに勝るとも劣らない面白い作品が描ける。
私は時折、デッサンが上手ければ上手いほど、漫画はつまらなくなるのではないかと感じることさえある。
また、漫画の内容の描き方には基本などない。
そんな決まりのようなものに従って描かれた漫画がどれほど勢いのないつまらないものか……。



ではなぜ、私はプロを目指してから作風を変えたのかと疑問に思う人もいるかもしれない。
それは、漫画編集者たちには、常識外の漫画を受け入れられるような柔軟な心はないと、私が彼らのことをあきらめていたからだ。
しかし、雑誌連載を目指すのでなければ、そのようなあきらめは無用だ。
そう考えた私は2007年に、久しぶりに本来の作風で漫画を描いた。
それがあの恐竜の漫画だ(一部に昆虫のキャラクターも登場する)。
私があの漫画に込めている思いは、漫画とは本来、もっと自由で楽しいものなのだということである。



パラの漫画
※『パラの漫画』。2007年。



これからは、誰もが自由に漫画を描き、インターネットを通じてそれを読者に直接読んでもらうことができる、そんな漫画の新しい時代がやって来ると、私は信じている。
このサイトは、世の中の人たちに私のことを知ってもらうことによって、私の漫画を読むきっかけにしてほしいという思いから作った。
それでは、私の話はここまでとする。






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